「差別禁止法」と「人権侵害救済法」は表裏一体のもの

1.人権に関するさまざまな法律の提案

人権擁護に関する法律の制定を求めて、さまざまな議論や提案がこの間活発になされています。先に取り上げた「障害者差別禁止法」もその一つです。これ以外にも、この市民活動委員会の前身である「差別禁止法研究会」において学んできたものだけでも次のようなものがあります。一連の動向は、政府自身が法案を提出していることにも見られるように、差別撤廃・人権擁護に関する現行の法体系がいかに不十分であるのかを示しています。

2002年 政府より「人権擁護法案」が国会提出(2003年に廃案)
2004年 部落解放・人権政策確立要求中央実行委員会が「人権侵害救済法法案要綱試案」を発表
2005年 「先住民族の権利に関する国連宣言」が採択。これを受けて2008年に「アイヌ民族を日本の先住民族として認める」ことを政府が確認。これを期にアイヌ民族への差別禁止に関わる法的整備の議論が進む
2006年 (社)自由人権協会(JCLU)が「人種差別撤廃法要綱」を発表
2008年 「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」(ハンセン病問題基本法)が成立。その第3条「基本理念」に差別の禁止がうたわれる。
2008年 日本弁護士連合会が「国内人権機関の制度要綱」を発表


2.「国内人権機関の設置」「禁止」「救済」は三位一体

法律がカバーする範囲やその名称は異なりますが、これら一連の提案には共通する3つの柱となる内容があります。
その第一は、「国内人権機関の設置」です。差別や人権侵害の訴えを受けとめ、これを調査し、被害者を救済するとともに差別や人権侵害に対する是正措置を講ずる機関です。人権政策に関する提案権も付与されるこの組織は、政府から独立し、迅速に対応できる独自の予算とスタッフを持った機関であることが求められています。
第二は、差別や人権侵害の「禁止」です。国内人権機関は、被害者の救済や差別・人権侵害の認定、そしてその是正を勝手に判断しておこなってはなりません。こうした判断のもとになる「実体法」が必要です。これが差別や人権侵害を規定し、その禁止をうたった法律です。その場合、人権侵害を広く対象とするものと、人権侵害の一形態である「差別」に絞って禁止するものとの2通りが提案されています。
第三は、差別や人権侵害を受けた当事者に対する「救済」措置です。
明らかなように、「国内人権機関の設置」「禁止」「救済」というこれらの法律の3つの要素は三位一体のものであり、互いに深く関連しています。いずれの法律にもそれぞれの要素が盛られていますが、どの要素に重点を置いたものなのか、人権全般を対象にしているのか、差別に絞ったものか、などによって法律の名称や中心的構成内容が異なっているのです。

3.「差別禁止法」と「人権侵害救済法」は表裏一体

そこでもう一度、この間の具体的な法律の提案を見ることにしましょう。そうすると、部落解放・人権政策確立要求中央実行委員会による「人権侵害救済法法案要綱試案」と日本弁護士連合会による「国内人権機関の制度要綱」とは、①人権侵害全般を対象にして、②「国内人権機関の設置」と「救済」に力点を置いた法律であることがわかります。
これに対して、(社)自由人権協会(JCLU)の「人種差別撤廃法要綱」や私たちの求める「差別禁止法」は、①人権全般ではなく差別問題に焦点を絞り、②「差別の禁止」と「救済」に力点があることがわかります。
ところで、部落解放・人権政策確立要求中央実行委員会による「人権侵害救済法」を求める取り組みは長い経緯と活発な活動が展開されていることから、この冊子をお読みのかたにおいても取り組まれている人が多いのではないかと思われます。「差別禁止法」と「人権侵害救済法」という2つの法律の関係はどうなっているのかという疑問をおもちのかたもあるでしょう。
すでに明らかなように、「差別禁止法」と「人権侵害救済法」は決して対立するものではありません。また、どちらがよいのかといった二者択一のものでもありません。一言でいえば、前者は差別の禁止にかかわる「実体法」であり、後者はそれを実行する「組織法」であるといえるのです。両者はともに差別のない人権社会の建設をめざす共通項をもちながら、互いに補完し合う法律であることをご理解ください。

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