研究会

報告「差別禁止法は必要か~人種差別禁止法の必要性を中心に~」(2012.2.3 丹羽雅雄さん)

2012年02月29日

1.今なぜ差別禁止法の制定が必要か

■前提として

差別禁止法が必要となるその前提として、丹羽先生は国内における差別禁止法の制定にかかわる動きに触れられました。1985年、部落解放同盟の策定の部落解放基本法(案)に、差別を受けた被害者に対する救済、差別の規制が盛り込まれ、その運動の流れの中で1996年に人権擁護施策推進法ができ、その下に審議会が設置。大きな柱として救済にかかわる法案が作成され、廃案になりましたが2002年に国会に上程されるという動きを紹介されました。

一方国外では、国連の人権関連法における人種差別に関する条約として、1965年の人種差別撤廃条約があり、日本は1995年に批准。翌年の1月から加入・発効という流れと、救済では、1993年に国連総会で決議された国内機構の地位に関する原則(パリ原則)があり、仲裁、政策提言、教育・啓発の3点セットで被害救済を行う機関を設置しようという設置法にふれ、その上で、差別解消を進める上で実体法が必要になるといわれます。

■人種差別禁止法の制定が必要な背景

ではなぜ人種差別禁止法の制定が必要かについては、その背景として、東日本大震災時、インターネット上で「朝鮮人が毒を流す」「朝鮮人の窃盗団が横行している」等、関東大震災時に流されたものと全く同じデマゴギーが流されていたこと。朝鮮学校に対する差別排外的な施策と特定集団による集団的なヘイトクライムの問題があること。

また、国連各人権委員会、社会権規約委員会、自由権規約委員会、人種差別撤廃委員会、子ども権利委員会等から、懸念・勧告、差別に関する救済と実体法の必要性が勧告されている事実。外国人の問題では、2012年7月に施行される新たな在留管理制度の問題で、外国人の人権が脅かされようとしていること等があると述べられました。

さらに、差別的法制度や政策の存在として、裁判では外国人登録法、戦後補償、在日高齢者の無年金問題の裁判に関わってきたこと、そして、これから始まる朝鮮高校の無償化の問題。雇用差別では、日系ブラジル人のリーマンショック以降の派遣切りの問題、外国人研修生・実習生の問題、また、入居差別、入店差別の存在を紹介されました。

■差別禁止に関する法体系上の必要性

憲法14条には「人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と書かれており、性質上外国人にも適用されるといいます。しかし、国籍で差別するというのがこれまでの流れで、これまで争ってきた民族差別についての裁判では、民法の90条「公の秩序」「善良の風俗」に反する、709条「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」が使われるそうです。

しかしそれは、立証責任がすべて原告側、つまり被差別者側にあるということになり、丹羽先生がこれまで関わってきた裁判の経験から、被差別者側が民族差別であることを立証することは、並大抵のことではないと言われます。

一方、すでに差別禁止法に近い実体法でいえば、限定的ではあるとのことですが、男女雇用機会均等法、教育の基本法が、禁止まではいかないまでも、禁止に近い法令として存在していることに触れ、その中でも一番はっきり規定されているのが、労働基準法とのことです。3条に国籍、身分に対する差別をしてはならないと規定され、ある意味日本で一番実体法上先進的な法と紹介されました。

また、人種差別撤廃条約に基づく差別の定義として条文を見ながら説明されました。とりわけ2条の(a)には、地方の自治体の役割、責務がとても重要と規定されていること。第4条の(a)、(b)には、国際的な憎悪犯罪に対する実定法の規定があり、差別的思想の流布、煽動。人種差別的な発言を伴う暴力。人種差別団体規制が定義されています。しかし、日本はこの(a)、(b)について条約を批准する時に留保しており、人種差別撤廃委員会から再三、留保を辞めるよう勧告されているとのことです。

2.諸外国と日本の差別禁止法の現状

■諸外国の特徴と韓国の現状

各国の差別禁止法に関わる状況として、大きくは罰則によるアプローチ。憲法に明確に書く憲法規定によるアプローチ。損害賠償、名誉回復といった規定として民事法的アプローチに分類されるといい、社会福祉法的アプローチとして、生活保護や様々な社会福祉法体系の中に差別禁止事項を盛り込んでいる国もあることが紹介されました。

一方日本では、差別禁止法の条例制定の状況として、2002年に法務省が作成した人権擁護法案があり、3条の1項に「次に掲げる不当な差別的取扱い」として実体法的規定が盛り込まれたこと。また、自由人権協会が2006年に策定した人権差別撤廃法要綱では、公務員による差別助長の禁止、罰則。国自治体企業及び市民の責務などが定義されています。もうひとつ、東京弁護士会外国人の権利に関する委員会差別禁止法プロジェクトチームが作成した人種差別撤廃条例要綱試案が紹介されました。

■韓国の現状(未成立)

韓国では2006年の国家人権委員会の法案と韓国法務部の案があり、国家人権委員会の法案は包括的差別禁止法となっていて、驚くべきことは差別の定義の範囲が広いこと。第2条に「この法律が禁止する差別とは合理的理由によることなく性別、婚姻の如何、妊娠または出産、家族形態および家族状況、宗教、思想または政治的意見、前科、性的指向、学歴、雇用形態、社会的身分を理由に個人または集団を分離、区別、制限、排除したり不利に処遇する次の各号の一に該当する行為という」と定義されています。また、第7条の適用範囲には、あえて「外国人」と入れ明文化されています。

さらに、第41条には立証責任が規定されており、「この法律に関する訴訟における立証責任は差別を受けたと主張する者の相手方が負担する」とされているようです。

3.差別禁止法をいかにして創り出すか

最後に、差別禁止法の制定を国内で進めるにあたり、丹羽先生の意見として現在の日本国内の動きとして、差別禁止法を求めるエネルギー、障害者差別禁止法制定のエネルギー等、いろんな市民団体のエネルギーがあるので、個別的な立法化運動と連動しながら人種差別禁止法、障害者差別禁止法をまず勝ち取っていく必要があるのではないかと述べられました。そして、それらをさらに包括的にする基本法として、差別禁止法があってもいいのではないかとの意見を出していただきました。いずれにしても差別禁止法をつくるときに最低限の共通の定義、差別禁止の対象、範囲、そこは明確にする必要性もあることも合わせて提案されました。

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